院長紹介

院長

院長 笠島 康宏

 

中学3年生で突然の腰痛 —— ここからすべてが始まった

1985年、中学3年生。
体育の柔道授業で受け身をしていた際、突然腰に強い痛みが走りました。

その後、所属していたシニアリーグ(野球)でも立てなくなるほどの腰痛を経験し、野球を続けることもできなくなってしまいました。

高校に入ってからはボクシングを始め、「プロになる」と決めて練習に励んでいましたが、再び腰痛が悪化。

この時、親の紹介で柏の某カイロプラクティックに行ったことが、私とカイロプラクティックの最初の出会いでした。

施術自体で治った実感は薄かったものの、「サラシで腰を固定して生活する」というアドバイスを実践したことで症状が改善。
当時は、ボキボキ鳴る施術が好きで、「ボクシングを辞めたらカイロをやろう」と漠然と考えていました。

(※今は55(2025年 )歳となり、ボキボキ系の施術は好きではありません…笑)


ボクサーとしての挑戦と挫折、そして新しい視点

 

 

高校卒業後は2か月遅れで上京し、東京・葛飾区の東邦ボクシングジム(現 宮田ジム)へ。
電車で1時間の距離でしたが、プロボクサーとしての道を本気で目指し始めました。

 

しかし、練習中に起きた腰痛が再発し、稼いだアルバイト代はすべて治療費に消えていく日々…。
それでも必死にサラシを巻き続けて痛みを克服し、プロとしてデビュー。

東日本新人王決勝戦まで進むことができましたが、その後数戦を経て引退する決断をしました。

引退時には当初とは真逆の心境になっていました。

「会社員ってすごいじゃん。俺も会社員になりたい」

「会社の歯車にはならない」と思っていた若い頃から一転し、
“社会の一員として働くことの尊さ”を感じるようになりました。


「資格を取って独立したい」新たな目標へ

将来を考える中で、「資格を取って独立したい」という思いから
土地家屋調査士を目指して測量士の資格取得へ。

25歳の頃、専門学校へ入学し、そこから約11年間、
測量会社や土地家屋調査士事務所で働きました。

この頃から、仕事後に亀有のマナベボクシングジムでトレーナーをしつつ、
さらに、事務所の将来に対する不安も重なり、

「カイロプラクティックを学び直そう」

と考え、東京都江戸川区の JN整体スクール で整体の勉強をスタート。

仕事・資格勉強・トレーナー・整体の勉強……
人生で最も忙しい時期だったかもしれません。


独立を決意し「つくばカイロプラクティック整体院」を開業

すべてをやり切る覚悟で、
会社・資格勉強・ボクシングトレーナーを辞め、整体の道へ進むことに決めました。

JN整体スクールでの学びと臨床経験を経て、
2009年11月、牛久市に「つくばカイロプラクティック整体院」を開業。

そこから現在までの歩みは以下の通りです。

■ 開業後の歩み

  • 2009年11月 … 牛久市にて開業(JN整体法+SOTブロック)

  • 2012年12月 … 現在のつくば市へ移転

  • 2017年4月 … パシフィック・アジア・カイロプラクティック協会(PAAC)でSOTを再学習
     (SOTベーシック/内臓/クラニアル/診断学)

    • ※PAACは柔道整復師・理学療法士・あん摩マッサージ師など多くの専門家が学ぶ団体です

  • 2018年6月 … 成瀬カイロプラクティックセンター上野先生主催「上野教室」でオステオパシーを学び始める
     (クラニアルリリース・内臓リリース・症状別コースなど)
     → ※当院の技術の土台となる“最重要学び”

  • 2021年 … 現在の施術スタイルを確立

こうした学びと経験の積み重ねが、
今の「筋膜 × 骨盤 × 頭蓋 × 内臓」を融合した施術の基礎になっています

 


最後に——

私が整体師を続けている理由はただ一つ。

自分と同じ痛みで苦しむ人を救いたい

中学3年で動けなくなった腰痛。
ボクシング中に何度も苦しんだ痛み。
仕事や人生に影響を与えるほどの慢性痛。

あの経験があったからこそ、
「本気で良くなりたい人に本気で向き合う整体院」をつくることができました。


つくばカイロプラクティック整体
院長 笠島 康宏