院長紹介
■ 中学3年生で突然の腰痛 —— ここからすべてが始まった
1985年、中学3年生。
体育の柔道授業で受け身をしていた際、突然腰に強い痛みが走りました。
その後、所属していたシニアリーグ(野球)でも立てなくなるほどの腰痛を経験し、野球を続けることもできなくなってしまいました。
高校に入ってからはボクシングを始め、「プロになる」と決めて練習に励んでいましたが、再び腰痛が悪化。
この時、親の紹介で柏の某カイロプラクティックに行ったことが、私とカイロプラクティックの最初の出会いでした。
施術自体で治った実感は薄かったものの、「サラシで腰を固定して生活する」というアドバイスを実践したことで症状が改善。
当時は、ボキボキ鳴る施術が好きで、「ボクシングを辞めたらカイロをやろう」と漠然と考えていました。
(※今は55(2025年 )歳となり、ボキボキ系の施術は好きではありません…笑)
■ ボクサーとしての挑戦と挫折、そして新しい視点
高校卒業後は2か月遅れで上京し、東京・葛飾区の東邦ボクシングジム(現 宮田ジム)へ。
電車で1時間の距離でしたが、プロボクサーとしての道を本気で目指し始めました。
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しかし、練習中に起きた腰痛が再発し、稼いだアルバイト代はすべて治療費に消えていく日々…。
それでも必死にサラシを巻き続けて痛みを克服し、プロとしてデビュー。
東日本新人王決勝戦まで進むことができましたが、その後数戦を経て引退する決断をしました。
引退時には当初とは真逆の心境になっていました。
「会社員ってすごいじゃん。俺も会社員になりたい」
「会社の歯車にはならない」と思っていた若い頃から一転し、
“社会の一員として働くことの尊さ”を感じるようになりました。
■ 「資格を取って独立したい」新たな目標へ
将来を考える中で、「資格を取って独立したい」という思いから
土地家屋調査士を目指して測量士の資格取得へ。
25歳の頃、専門学校へ入学し、そこから約11年間、
測量会社や土地家屋調査士事務所で働きました。
この頃から、仕事後に亀有のマナベボクシングジムでトレーナーをしつつ、
さらに、事務所の将来に対する不安も重なり、
「カイロプラクティックを学び直そう」
と考え、東京都江戸川区の JN整体スクール で整体の勉強をスタート。
仕事・資格勉強・トレーナー・整体の勉強……
人生で最も忙しい時期だったかもしれません。
■ 独立を決意し「つくばカイロプラクティック整体院」を開業
すべてをやり切る覚悟で、
会社・資格勉強・ボクシングトレーナーを辞め、整体の道へ進むことに決めました。
JN整体スクールでの学びと臨床経験を経て、
2009年11月、牛久市に「つくばカイロプラクティック整体院」を開業。
そこから現在までの歩みは以下の通りです。
■ 開業後の歩み
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2009年11月 … 牛久市にて開業(JN整体法+SOTブロック)
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2012年12月 … 現在のつくば市へ移転
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2017年4月 … パシフィック・アジア・カイロプラクティック協会(PAAC)でSOTを再学習
(SOTベーシック/内臓/クラニアル/診断学)-
※PAACは柔道整復師・理学療法士・あん摩マッサージ師など多くの専門家が学ぶ団体です
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2018年6月 … 成瀬カイロプラクティックセンター上野先生主催「上野教室」でオステオパシーを学び始める
(クラニアルリリース・内臓リリース・症状別コースなど)
→ ※当院の技術の土台となる“最重要学び” -
2021年 … 現在の施術スタイルを確立
こうした学びと経験の積み重ねが、
今の「筋膜 × 骨盤 × 頭蓋 × 内臓」を融合した施術の基礎になっています
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■ 最後に——
私が整体師を続けている理由はただ一つ。
自分と同じ痛みで苦しむ人を救いたい
中学3年で動けなくなった腰痛。
ボクシング中に何度も苦しんだ痛み。
仕事や人生に影響を与えるほどの慢性痛。
あの経験があったからこそ、
「本気で良くなりたい人に本気で向き合う整体院」をつくることができました。
つくばカイロプラクティック整体院
院長 笠島 康宏
